東京地方裁判所 昭和44年(ワ)9907号 判決 1973年9月27日
主文
一 被告らは、原告らに対し、各自金四五六万一四五〇円及びこれに対する昭和四三年三月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、その一〇分の六を原告らの、その余を被告らの各負担とする。
四 この判決の主文第一項は、仮執行することができる。
事実
第一当事者の求める裁判
原告ら「被告らは各自、原告らに対し一二一五万三一七〇円とこれに対する昭和四三年三月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行宣言
被告関急運輸合同株式会社(以下被告関急という)「原告らの請求を棄却する。」との判決
被告新妻政寿、被告斎藤広行(以下それぞれ被告新妻、被告斎藤という)「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決
第二当事者の主張
一 原告らの請求原因
(一) 事故の発生
昭和四三年三月一六日午前二時一〇分頃静岡県浜名郡湖西町白須賀汐見坂太平洋モーテル前国道一号線上において、亡村田幸利(以下幸利という)は日本高速輸送株式会社の貨物自動車(以下原告車という)を運転して西進中、その左前部と被告斎藤運転の貨物自動車(足立一う五六三五、六七年式三菱ふそう、以下被告車という)の前部とが衝突し、原告車は右前方斜めに右国道の中心線を越えて、折から東進中の対向車(日本新潟運輸株式会社保有、清水充運転、以下丙車という)に衝突し、そのため幸利は脾臓破裂および下肢複雑骨折等の傷害を受けて、同日午後一時二〇分同町鷲津二二五九番地同町立湖西病院において死亡した。
(二) 責任
1 被告関急は運送業を営む会社で、被告斎藤を運転手として使用し、本件事故は同被告がその業務に従事中、後記3の過失をおかしたため発生したものであるから、民法七一五条により
2 被告新妻は、被告車を保有して自己のため運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により
3 被告斎藤は、被告車を運転し、国道一号線から太平洋モーテル前に進入し、いつたん国道に出てから後退して同モーテルの駐車場に駐車しようとしたのであるが、国道に出るに際しては、一時停止をして道路の左右の安全を確認してから出るべきところ、これを怠り、高速度で、急に右にハンドルを切つて同国道に被告車の前部を突き出したため、その際国道を進行してきていた原告車に衝突して、本件事故を発生させたもの、同事故は同被告の過失に基づくものであるから、民法七〇九条により
いずれも本件事故によつて原告らに生じた損害を賠償する責任がある。
(三) 損害
1 幸利の逸失利益
幸利は死亡当時二四才であつて、本件事故がなければあと三九年間就労可能であつたはずである。その昭和四二年度の所得は七五万八、七〇九円であり、その生活費を年間二四万円として、一年間の純収入は五一万八、七〇九円となる。ホフマン式計算方法によりその逸失利益の現在高を算出すると一一〇五万三一七〇円となる。
(原告らの相続)
原告らは幸利の父母であり、幸利の前記逸失利益の損害賠償請求権を相続により取得した。
2 慰藉料
原告らはその子幸利を事故により一瞬にして失つたことにより各自金一五〇万円
3 弁護士費用
原告らは、被告らが任意に支払をしないため本訴提起追行を弁護士である原告ら代理人に委任し裁判費用として一〇万円を支払い、成功報酬として一〇〇万円を支払う契約をしたので、以上各金員
(四) 損害の填補
原告らは、自賠責保険から三〇〇万円を本件事故による損害の填補として受領した。
(五) 結論
よつて原告らは、被告ら各自に対し一二一五万三一七〇円とこれに対する本件事故発生の翌日である昭和四三年三月一七日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 被告関急の答弁
(一) 請求原因(一)項の事実は認める。
(二) 同(二)項1の事実のうち、被告斎藤に過失があつたとの点は否認し、その余の事実は認める。同3の事実は否認する。本件事故は幸利の居眠り運転のため起こつたものである。
(三) 同(三)項の事実のうち、原告らが幸利の父母で、その相続人であることは認め、その余の事実は不知。
(四) 同(四)項の事実は不知。
三 被告新妻、被告斎藤の答弁と反対主張
(一) 請求原因(一)項の事実は認める。
(二) 同(二)項2の事実のうち、被告新妻が被告車の保有者(運行供用者)であることは認める。
同3の事実は否認する。
(三) 同(三)、(四)項の事実は争う。
(四) 本件事故は、被告斎藤が被告車を運転し、太平洋モーテルの駐車場に車の後尾から進入するため、同モーテル従業員の誘導を受けて後退中のことで、右誘導開始時原告車は約一キロメートル離れた地点から接近進行中であつたから、被告車の右進行の事実は充分確認出来たにかかわらず、幸利が居眠りをしていたため、被告車に気付かず原告車を被告車に衝突させたことから本件事故となつたものであつて、本件事故は幸利の一方的な過失によるものであつて、被告斎藤には過失はないから、被告らには責任がない。
(五) 仮に、被告らに賠償責任があるとしても、幸利には右のような重大な過失があるから、原告らの損害賠償額について斟酌されるべきである。
四 原告ら――被告ら主張の事実のうち、幸利に過失があつたとの点は否認する。
第三証拠〔略〕
理由
一 事故
請求原因(一)の事実は当事者間に争いがない。そこで、本件事故発生の状況につき検討する。
1 その作成の方式および趣旨により真正に成立したと認める乙第一、第二号証、証人菅本米治の証言により成立を認める甲第六号証の一~四(以上はいずれも、原告らと被告新妻、同斎藤との間では成立に争がない)、証人清水充の証言によれば、次の事実を認めることができ、これに反する証拠はない。
国道一号線の本件事故現場附近は、非市街地すなわち、田畑、空地等の間を、ほぼ東西に通ずる直線道路で、見とおしがよく、ことに東側は数百メートルの見とおしが可能であり、車道幅員約九メートル、その両側に車道外側線の外側各約〇・八メートルの余地が存し、中央線が表示されたコンクリート舗装道路で、駐車禁止の定めがあるほか特段の交通規制がなく、昼夜を通じて通行車両が多く、夜間は前記モーテルの照明燈等によりやや明るい。同所国道南側にモーテル太平洋があり、同モーテルと国道との間は空地(駐車場)となつており、これに接して東側にトナミ運輸の駐重場(空地)が存し、これら空地はいずれも国道とほぼ平面をなしている。事故当時は雨で、路面は湿潤であつた。
2 前掲乙第二号証、成立に争のない甲第四号証(被告車につき)によれば、被告車は、長さ約一〇・五四メートル、自重約七・六三トンの一一トン積みトレーラー式キヤブオーバー型トラツクで、事故当時は約一〇トンの積荷があつたこと、原告車はキヤブオーバー型トラツクで、当時約九トンの積荷があつたこと、丙車はキヤブオーバー型トラツクで、当時約九・五トンの積荷があつたことが認められる。
3 前掲乙第二号証によれば、原告車と被告車との衝突地点は西行車線中央近く、原告車と丙車との衝突地点は東行車線の中央近くで、この間の距離は二〇メートル余であり、この間に原告車の左前輪のスリツプ痕と思われる痕跡が路面に薄くついていたことが認められるが、このほか、以上各車のスリツプ痕及び類似の痕跡は窺われない。
4 弁論の全趣旨により丙車の本件事故当時のタコグラフの解析結果と認められる甲第一一号証によれば、丙車は本件事故直前まで三〇ないし四〇キロメートル毎時で進行し、事故発生の約二秒前から急減速して一三キロメートル毎時位となつたとき本件事故にあつたことを認めることができる。
5 前掲乙第一号証、被告斎藤本人尋問の結果によれば、被告斎藤が昭和四四年三月二二日実況見分に際し警察官に述べたことと当裁判所において供述することは、ほぼ同旨であつて、その要旨は次のとおりである。
被告斎藤は被告車を運転し、同国道を西進中、前記モーテルで休憩するため、国道南側空地に入つたが、同所はトナミ運輸の駐車場であつたため、誘導員と思われる者から先にあるモーテルの駐車場へ移るよう求められ、いつたん国道に出たうえ後退してモーテル前駐車場に進入しようと考え、時速約一〇キロメートルで斜め(国道に対して、以下同じ)に進んで、国道端に出、国道上右(東)方を確かめたところ、車両の進んで来るのが百数十メートル先に見えるに過ぎなかつたため、そのまま斜めに国道に進入し、車首が中央線をいくぶん越えるあたりまで進めて停止し、ギヤーをバツクに入れて後退を開始し、約三メートル後退した頃、被告車車首部に原告車がブレーキもかけないまま衝突した。自車が国道へ進出した際、丙車に先行する車両がクラクシヨンをならして通過し、同車に続いて進行する丙車は被告車を認めて停止して待つていた。
6 前掲乙第二号証、証人清水充の証言によれば、丙車運転者清水充が事故当日の実況見分に際し、警察官に述べたところと当裁判所における証言は、ほぼ同旨であつて、その要旨は次のとおりである。
モーテル前駐車場から被告車が国道へ出て後退をはじめたところへ、原告車が衝突し、さらに原告車が丙車に衝突した。丙車は時速約五〇キロメートルで東進中、被告車が国道へ出て来たので、その北側を通過することができないとみて手前で停車していた。丙車が原告車との衝突地点手前約三〇メートルの頃、被告車の車首が中央線附近にあつて後退しているのを認めたが、その頃原告車は被告車との衝突地点東方約二〇メートルの地点にあつた。
7 被告斎藤、丙車運転者清水の右供述につき検討すると、前記4に牴触する部分、すなわち、丙車が停車して、被告車を待つていたとする点は真実に合致すると認めることはできず、また、この点が肯定できないとすれば、丙車の進行及び同車運転者の目撃の状況に鑑み被告車が国道に進出し、中央線を越えて停止し、さらに後退中に本件事故が発生したというほどに被告車が国道に進入してから事故発生までさほど時間があつたものと認めることができない。また、被告斎藤、清水の右供述中、原告車の進行に関する距離関係はそれ自体さほど正確なものと認められない。
証人増田茂雄、同菅本米治、同石原仁司の各証言及びこれら証言により成立を認める甲第六号証の五~八によれば、甲第六号証の七に写されたタコグラフは、被告車の事故前後のそれであつて、甲第一二号証に徴し、事故発生に至るまで約四五キロメートル毎時を下らない速度で進行を継続していることを示していることとなり、また、甲第六号証の五、六、八に写されたシフトホークの位置は、被告車の事故直後のそれであつて、証人増田茂雄の証言により成立を認める甲第七号証に徴し、被告車は事故時トツプギヤーであつたことになるのであるが、事故直前被告車が国道を斜めに進んだことは動かし難い事実というべきところ、この場合に時速約四五キロメートルで運転することひいてはトツプギヤーで走行することは、とうてい不可能というほかないので、これらを被告車の事故時のものとすることはできないものといわなければならない。
8 証人増田茂雄の証言により成立を認める甲第八号証によれば、丙車の先行車の運転者である安部義人は、対向車(原告車)があるので、自車のクラクシヨンをならしたが、被告車は国道に出て来た。そして、自車がハンドルを左に切つて逃げたとたん、本件事故が発生したというのである。
しかし、前記3の事実に照らすと、右供述のうち、安部運転車両がハンドルを左に切つた時期の原告車、被告車の位置関係を合理的に認識することが難かしく、その点において甲第八号証の記載をそのまま採ることができない。
9 そこで、以上の各証拠を綜合して本件事故発生の状況について考えると、西進する原告車が制動その他回避処置をとることなく被告車に衝突したこと、被告車が低速で斜めに国道に進出したこと、右進出の時点ではなお、原告車と幾分の距離があつたこと、を認めることができ、さらに、原告車は五〇キロメートル毎時に近い速度で進行していたものと推認することができる。
10 これら事実からすれば、被告車運転者(被告斎藤)は、国道進出に際し、右方の安全確認を怠つたか、原告車の進行につき目測を誤つたか、いずれにしても国道を進行する原告車の進路を妨げたものということができ、この点において本件事故につき過失の責を免れないが一方、原告車運転者幸利にも、居眠り運転か否かはさておき、前方不注視の過失があり、これが事故の一因となつているものというべきである。すなわち、被告車の国道進出を直ちに発見して制動をかけるなど回避措置をとれば、衝突を未然に防止できたであろうし、また、たとえ、被告車発見が幾分おくれたにしても、回避措置がとられていれば、衝突事故に至つても、本件におけるほどの損害を生じなかつたものとみることができる。
11 ところで、1に記した道路状況からすれば、原告車のようにおよそ国道を直進している車両の進路の安全は十分に保護されるべきであつて、被告車の側の過失は重大といわなければならない。
二 責任
(一) 被告関急が被告斎藤を運転手として使用し、本件事故がその業務従事中の事故であつたことは被告関急が認めて争わないところであり、本件事故発生につき被告斎藤に過失があつたことはさきに述べたとおりであるから、被告関急は民法七一五条一項により、原告らに対し本件事故による損害を賠償すべき義務がある。
(二) 被告新妻が被告車の運行供用者(保有者)であることは、同被告の認めて争わないところであるから、同被告は自賠法三条本文により本件事故により原告らに生じた損害を賠償すべき義務がある。そして、被告斎藤には右のとおり過失があるので、その余の点を判断するまでもなく、同条但書により免責される限りでない。
(三) 被告斎藤には本件事故発生につき右のとおり過失があるので、民法七〇九条により原告らの損害を賠償すべき義務がある。
(四) 前記のとおり幸利の過失を斟酌し、被告らは、原告らに生じた財産上の損害のうち、その三分の二を負担すべきものとみるのが相当である。
三 損害
(一) 幸利の過失利益
1 証人増田茂雄の証言によつて真正に成立したと認める甲第五号証、同証言によれば、幸利は、本件事故に至るまで日本高速輸送株式会社に勤務する運転手(長距離貨物自動車)であつて、その前年の収入が七五万八七〇九円であつたこと、成立に争のない甲第一号証によれば、幸利は死亡当時二四才(昭和一八年五月三一日生)独身の男子であつたことがそれぞれ認められる。この事実からすると、本件事故がなければ幸利はなお六三才までの三九年間就労可能であり、その間年七五万八七〇九円を下らない所得を得たものとみることができ、生活、租税その他の出費は収入の二分の一程度であるとみるのが相当である。よつて、本判決に至るまで単利、その後は複利で年五分の中間利息を控除して逸失利益の死亡時の現在額を算出すると六六一万七一七五円となる。
2 前記二(四)に記したとおり過失相殺の結果、被告らの負担すべき分は、右のうち、四四一万一四五〇円である。
3 原告らが幸利の父母で相続人であることは、原告らと被告関急の間では争いがなく、前掲甲第一号証によれば、原告らが幸利の父母で、他に相続人のないことが認められ、原告らは法定相続分に従い、右賠償請求権を各二分の一ずつ取得したものということができる。
(二) 慰藉料
原告らが本件事故によつて、幸利を失つたことは既に述べたところで、そのため、原告らは、精神的損害を被つたものというべきところ、本件事故発生の状況を斟酌して慰藉料として原告ら各一三五万円計二七〇万円を相当とする。
(三) 弁護士費用
弁論の全趣旨によつて、原告らが本訴の提起、追行を弁護士である原告ら訴訟代理人に委任したこと及びその主張のとおり費用を支払い、また、報酬支払を約したことを認めるべきところ、右弁護士費用のうち、本件事案の難易、審理経過や認容額その他諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係にある損害として、被告らにその負担を求めることができる金額は、本件事故発生の日の現在価において原告ら各自につき二二万五〇〇〇円、計四五万円とみるのが相当である。
(四) (損害の填補)
原告らが、本件事故による損害の填補として自賠責保険から三〇〇万円の支払を受けたことはその自認するところである。
(結論)
以上のとおりであるから、原告らは被告ら各自に対し、本件事故による損害賠償として填補済の額を差引いて四五六万一四五〇円とこれに対する前記のとおり本件事故の翌日である昭和四三年三月一七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができるので、本訴請求は右限度において理由があり、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を仮執行宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 高山晨)